加藤洋行の「洋行」とは?〜創業120周年を迎えて〜

加藤洋行の「洋行」とは?〜創業120周年を迎えて〜

「“加藤洋行”というのは、お名前ですか?」

初めてお会いした方からよくいただくのが、このような社名についてのご質問です。一見フルネームのようですが、創業者に由来するのは「加藤」のみで「洋行」は名前ではありません。今回はこの「洋行」という言葉のルーツから、少し意外な当社の歴史をご紹介します。

はじまりは中国の天津から

「洋行」とは、「中国で外国人が経営する商店」を指す言葉です。当社は1901年(明治34年)、中国の天津において、代議士の加藤定吉により「合資会社加藤洋行」として誕生しました。つまり、中国にて日本人の加藤氏が創業した商社であったため、「加藤洋行」という社名になったのです。

さまざまなルーツをもつ加藤洋行

幕開けは舶来雑貨とともに

創業時の主な事業は中国や満州との貿易で、舶来雑貨の小売を行っていました。

やがて大連の急速な発展に伴い、建築工事業を開始。1915年には雑貨の小売業を廃止し、羅紗(毛織物)や建築材料などの直輸入を始めます。他にも日本の調味料や教科書の代理販売を行うなど、その事業は多岐にわたりました。

このように中国での加藤洋行は、ワックスの商社としてではなく、建設会社やさまざまな商材を扱う商社としての記録が多く残っているのです。

1910年代には土木建築工事部主任の高岡又一郎氏を中心に、吉林・奉天(瀋陽)総領事館をはじめ、長春・牛圧(営口)領事館など多くの建築物を施工しました。

しかし、業務繁多のため、1920年に土木建設工事部を切り離し、高岡氏に譲渡することに。以降、羅紗・建築材料などの輸入貿易事業のみとなります。

その後もさまざまな商材を扱いながら、日本国内では大阪・東京に、海外では営口・長春・大連・京城・奉天・()()(びん)に支店を展開しました。 1918年に設置した哈爾賓支店では、羅紗・(たん)(ちゃ)(茶葉を蒸して固めたもの)・砂糖・コーヒーを販売し、一時はロシアのチタ・イルクーツクなどシベリア方面にまで事業を拡大しました。

戦後、ワックスの商社として

第二次世界大戦後にはこれらの海外資産を失いますが、昭和26年の民間貿易の再開と共に輸入業を再開します。

そして、この頃から当社が注目をしたのが、ワックスという商材でした。工業品から食品まで幅広い用途を持つワックスに可能性を感じた当社は、1964年に南アフリカのサゾール社と代理店契約を結びます。

これを機に、ヤシ科のカルナバヤシの葉を原料としたカルナバワックスや、ミツバチの巣から採取されるミツロウなど多種多様なワックスの取り扱いを続々と開始しました。

1967年には、より細やかに顧客ニーズに応えるべく、自社工場である日本ワックス(株)を子会社として設立。ワックスの販売に加え、精製や加工が可能となりました。

こうして加藤洋行は、現在へと続くワックスビジネスを中心とした会社となるのです。

創業120周年を迎えて

1901年に中国で舶来雑貨の商社としてはじまった加藤洋行は、2021年、創業120周年を迎えました。

120年の歴史で培った知識と経験を活かし、これからも時代と共に変わりゆくニーズに応えながら、さらに先の200年企業を目指して参ります。

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